『中国北派拳法入門』 著 松田隆智 (1982) 新星出版社

    本書では、基礎編で中国拳法で代表的な柔軟体操法(正・側圧腿、沈腿、一字功など)、六合螳螂拳の名手である張詳三老師が六合拳、長拳、螳螂拳などの北派拳術から編出した『基礎拳』、双飛脚や騰空擺脚などの跳躍技法が紹介されています。『基礎拳』の一部の技法は、蘇昱彰老師の八極螳螂武藝總舘の基本十二路にも取り入れられています。

   拳套編では『功力拳』『孫臏拳』『力劈拳』が紹介されています。 

   『功力拳』は練気(呼吸により気を練る)と練力(拳法に必要な基礎的な力を練る)を目的とし、基本姿勢(馬歩や弓歩など)を正確に行いながら少数の単純な技法を、静かに呼吸に合わせて反復練習するように構成されています。派手な跳躍技や蹴り技はほとんど見られず、気功を重視し、気を運行させ下盤を強化し基礎的な功力をつけるには最適な套路で、地味ですが趣きのある套路です。

   『孫臏拳』は山東省に古くから伝えられる実戦本位の拳法です。"孫臏"は中国の戦国時代の斉の兵法家の名前ですが、『孫臏拳』と"孫臏"とを結びつける資料は無く、関連性は不明です。この拳法は日本の空手道でいう中高一本拳と同じ中指の関節を突き出した象鼻拳を多用します。また、象鼻拳は真直ぐに打ち出すのでは無く、肩・肘・手首の関節を柔らかく使い、腕全体をしならせて象の鼻が伸びるように打ち出します。目の下の窪みや喉、鳩尾など身体の弱い部分を狙って打ちます。『孫臏拳』の特徴は攻撃にあり、拳訣にも「見手打手、見脚打脚」とある様に、眼に入る相手の身体は、どの部位であっても攻撃していきます。この様に敵の攻撃してくる手や足を攻撃しながら、門(ガード)を開く方法を「打門手法」とか「断門法」と言い、他にも螳螂拳や通臂拳翻子拳等が同様の門の開け方をする拳術です。

   かつて、大柳勝先生(現  武壇日本分会の総教練)が福昌堂から『孫臏拳』の教習ビデオを出していました。『孫臏拳』には開展・連続・緊奏の三段階の練法がありますが、ビデオでは第二段階までしか紹介されていません。それは、大柳先生の友人で台湾で少林拳の名士より孫臏拳を学習している方から、孫臏拳の最も孫臏拳らしい第三段階練法・緊奏の部分は紹介しないで欲しいと伝えて来られたからだそうです。『功力拳』『孫臏拳』共に大柳先生が台北武壇にて学習してきたものです。『孫臏拳』は当時武壇本部の教練であった黄偉哲老師から教えられたものです。大柳先生が弾腿学習の後、査拳三路を学んで一段落した頃、ビザが切れる為、一旦日本へ帰国しなければならない時、他の練習生とは別に教えられたものだそうです。大柳先生も当時は何故自分だけがこのような拳法を学習しなければならないのか分からなかったそうですが、後に黄老師が大柳氏の万一の場合に備えて即戦性のある三十二手(孫臏拳)を教えた事を知ったそうです。

   『力劈拳』は八歩螳螂拳の套路の一つです。蘇昱彰老師が八歩螳螂拳の名手である衛笑堂老師より学んだものに秘門螳螂拳の考えによって一部を改変したものです。劈という足の踏み込みと腰の回転を利用して拳輪を用いて敵の肩や頭を打ち砕く技法が多用されるのが特徴です。八歩螳螂拳の套路は歩法が巧妙で、偸手盤肘や偸歩蹬搨のように相手が気付かないうちに足運びがされていて、足と手の上下の連環で投げ倒されるような技法があります。私も高校の授業で柔道の試合の時、この歩法で柔道の投げ技に繋げた事があります。どうも後ろ足から動くので相手には見え難く、気が付いた時には投げ技の体勢に入られてるようです。また双耳扇風のように一見カマキリを模した様な動きで実用的で無いように見えますが、用法を知るととても危険である技法が含まれています。

   

 

*蘇昱彰老師が2019年4月29日に逝去されました。謹んで御冥福をお祈り申し上げます。