増補改訂版『甲冑拳法 柳生心眼流』 島津兼治 著(2016)日貿出版社

 本書は昭和54年(1979年)に発刊された同名書籍の復刻版で、通称赤本というそうです。

 

 昔、松田隆智先生の中国武術シリーズが日東書院から発売されていた頃、本書の初版が発売されていたのですが、当時は日本の古武術にそれほど興味が無かった事もあり購入しませんでした。しかし、長じるに及び日本の古武術の奥妙さに惹かれるようになり、時折、図書館にある初版の頃の本書を見ながら、復刻してくれないかなぁと思っていたところでした。

 

 本書に拠れば、柳生心眼流

"庄内の人 羽州帯刀 が戦国時代の実戦太刀を工夫して「神眼(願)流」を創始。その流れを受けた竹永直入が、神願流ほか諸流を極め、奮起し江戸に行き新陰流を修行し、柳生但馬守に認められ極意を伝授された。その後、仙台に戻り一時期指南したが、柳生但馬守と密接な親交があった伊達政宗の君命により「柳生心眼流」と号し、「柳生」の二字を冠した分派を創始した。"

とあります。

 

 柳生心眼流は江戸の他、主に東北地方を中心に分散されて伝承された流派で、「甲冑柔」「小具足柔」「素肌柔」等の柔術を中心に、長刀、居合、立合抜刀、棒術、小太刀、中太刀、大太刀、十手術、陣鎌や馬具など各種武具術を伝える総合武術です。

 

 本書には足構え、体捌之法、受身などの基本の他、礼法、柔術や様々な武具術が紹介されています。

 

 柳生心眼流と言えば、やはり素振り二十一ヶ条で、本書にも紹介されていますが、基本中の基本であり、あらゆる動作を集約したものだそうです。そして、一人素振りという一人稽古が行える上、同じ型の動きで剣術や棒術、様々な武具を扱えるのは、日本古武術の中でも極めて異色な存在ではないかと思われます。中国武術では、武器は手の延長といい、徒手の身体使いがそのまま武器の操作に応用できるとの教えがあります。しかし、中国武術でも、徒手拳術套路がそのまま武器の套路になるのは、自分は聞いた事がありません。

 

 また、二十一ヶ条に見られるような腕を振り回すような動きは、現代格闘技から見ると非実戦的に見えるかもしれません。しかし、現代とは違い刀と対峙することを前提としているので、自分の腕よりはるかに長いリーチで振り下ろされる刀の下を掻い潜って、相手の間合いに入って倒すには、必然的にこの様な動きが必要になるのかもしれません。

それに柳生心眼流とよく比較される八極拳でも相手の腕を跳ね上げながら、入身により肘打ちや体当たりに繋げる技法があります。

著者の島津兼治師範のお弟子さんで、柳生心眼流春風吉田会を主宰される吉田朗師範がその著書の中で、上方向に腕を跳ね上げる動きは相手が重心を崩しやすいのではないかともおっしゃっています。

確かに蘇昱彰老師の伝える蟷螂拳の基本套路にも、相手の突きを跳ね上げながら、カウンターで突き込む技法があります。

腕の根元は肩であり、頸に近い事から一番重い頭部のバランスに影響しやすく、頭部が動けば必然的に重心が崩れやすくなるのではないかと思われます。また、角度とタイミング次第では腕を跳ね上げられた相手は、自分の腕で前方の視界が一瞬妨げられる形にもなります。

 

さらに本書増補改訂版の目玉とも言うべきは、秘技・剛身の技法が公開されている事です。

中国武術でもそうですが、このように流派独自に伝わる身体を変換する為の鍛錬法が公開されるのは非常に稀な事です。その全てが公開されている訳では無いかもしれませんが、古武術修行者のみならず、他の武術を修行する者にとっても、本稿は非常に示唆に富んだ内容の資料かと思われます。

古流の型の中には、実戦の中で考え抜かれた先人達の命懸けの工夫と知恵が詰まっています。

 

 著者の島津兼治師範が、去る令和6年1月21日御逝去されました。謹んで御冥福をお祈り申し上げます。

昔日の稽古方法で学んだ昭和の達人の先生方が、徐々に亡くなられてしまうのは非常に残念なことです。